上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2012.07.23 今年の夏は
「椿さんは行きませんの?」

昼食をと人で込み合う時間も過ぎた昼下がり。
目の前には【マエストロ本日のおすすめパスタ】。

「……? どこへでしょう?」
「ですから、お祭りですわ。明日でしょう?」

くるくるとパスタをフォークに巻きつけていた手を止める。
いきませんの? という向かいの赤い瞳を見返して、再度パスタに目を落とした。

「わたくしはまいりません。なんでしたでしょう……今年はたしか、妙な催し物があるのでしたよね」
「ええ、ですから皆気合が入っておりますわ」

ふふ、と小さく笑った彼女に釣られるように頬が緩む。
ほわりと胸に感じるあたたかさが、一層パスタをおいしくしてくれるようだ。

「気合、と申しますと……彼岸花さまもではありませんか? 好い人がいらっしゃるのでしょう?」

さっと朱が差す頬に、たまらず笑い声が漏れる。
それなら気合も入ろうというものでしょうね、と続けると、何かしら言いくぐもったのち、当然です、と小さく口にした。
ふわふわと、水の入ったグラスが宙を漂う。
これは照れているのでしょうかとパスタを口に運びつつ、人目についていないだろうかと店内に意識を巡らせた。

「ご、ご一緒する約束はしていないのですけれど、この前お会いしたときに『一緒に行けたらいいな』とおっしゃってくださって……」
「まぁ……それは、お約束ではないのですか?」
「そ、それがわからないのですわ! 尋ねるタイミングを逃してしまって、ずるずるともう今日に……っ」

いろいろな色を織り交ぜた瞳が熱を帯びる。
不安を滲ませる声色には、けれどかすかな期待も含まれていて。
恋する乙女というものは、何とも可愛らしい生き物だと思う。

「今からでもお誘いさせていただければいいのですけど――ではなくっ、わ、私のことはよいのですわ!」
「まぁ、よろしいのですか?」
「よろしっ……くはありませんから、また後日聞いてくださいまし……」
「はい」

くすくすとほころぶ口元を押さえると、笑いすぎですわとじっとりねめつけられた。
怒られているのにまったく怖くない、睨まれているのに可愛らしく感じるというのは、どのようなフィルターが発揮されているのだろう。でれでれと『怒った顔も可愛いなぁ』などとのたまう全国の男性諸君の気持ちもわかろうというものだ。

「ええと……お祭りでーと? のおはなし、たのしみにしておりますね」

甘いものというのは、いくらいただいても飽きないものなのです。
下げられた皿の代わりに運ばれてきたミルフィーユをいただきながら微笑むと、まだ頬に赤みを残した彼女は、もう、と息を吐いた。

「……椿さんは行きませんの?」
「まいりません」

先程と同じ問いに同じ答えを返して、さっくりとした生地にフォークを突き刺す。

「行こうとは言われませんの? 彼、こういったことはお好きそうですけど」

そういえば、とベリーを口に運んでいた手を止める。
よくよく考えれば、こういったイベント事に誘われたことはあまりない気がする。
軽く言われることはあるものの、端からこちらが行くとは思っていないようだ。

「はぁ……そういえば、あまりおっしゃられたことはありませんね……」
「あら、それは意外ですわ」


――本当に、行かないんですの?










「まいりませんし、いきたくもございません」
「は?」

風呂上り、縁側で涼をとる背の君の横に座ってきっぱりと告げれば、彼はわけがわからないというように首を傾けた。
拍子に、充分に乾かしていないのだろう髪から、ぽたりと水滴が落ちる。

「いえ、本日は彼岸花さまとランチをいただいてきたのですけれど――」
「えーいいなぁ俺も一緒したかっいたいいたい」
「ランチをいただいてきたのですけれど」
「ひゃい」

抓っていた頬から手を離し、背の君の後ろへと回ってタオルを取る。

「明日は夏祭りでしょう? いかないのかと問われたのです」
「え? 椿ちゃん行くの?」
「ですから、まいりません。蒲公英さまはいかれるのでしょう?」
「あー、どうすっかなー」

髪の水分を取りながら、タオル越しに軽く指圧する。
浴衣はご用意しておりますよ、とも申し上げてみるものの、どうにも歯切れが悪い。

「いかれないのですか? 屋台、たくさんでておりますよ?」
「や、だって椿ちゃんいかないだろ? 野郎だけで行くっていうのもさー、なんかむなしい」
「いつもその『野郎だけ』ででかけていらっしゃるではありませんか」
「だって夏祭りだぜ? カップルの割合考えるとさみしい」
「クリスマスよりはましでしょう」
「それとはまた違うむなしさがある(;д;)」

よくはわからないが、そういうものらしい。
それならなおのこと今年は辛いだろうな、と通した企画書の書面を思い出した。
そして、思い出して気付いた。
昼間食事を共にした彼女があそこまで祭りのことを気にしていたのは、だからなのではないだろうかと。

「……蒲公英さま」
「んー?」
「おまつり、いきたいですか?」
「行きたいって言ったら、一緒に行ってくれる?」
「おのぞみなのでしたら」

髪を拭かれている体勢のままこちらを仰いだ背の君の目が瞬かれる。
意外だと言いたげなその視線に、心外だと軽い溜息だけで嘯いた。

「なに? 行ってくれんの?」
「はい」

こういったイベント事にそれほど興味はないし行きたいとも思わないだけで、行こうと思えばいけると思う。
人ごみは好きではないが触れさえしなければ平気なのだし。

「ですから、おのぞみでしたらまいります」

ぱちりと、澄んだ瞳が瞬く。
かち合った視線が逸らされて、考えるように宙を泳いだ。

「んー……やっぱいいわ。他の奴と行ってくる」
「さようでございますか」

ではやはり浴衣をお出ししておきますね、と袖から取り出した椿油を髪に馴染ませる。
むなしいだのどうだのと言ってはいても楽しみではあるらしく、金魚すくいや浴衣美人がどうだと楽しそうにしていた。かわいい。
たしかに可愛らしいが、嬉々としてその浴衣美人とやらに声をかける様がありありと想像できたため、先払いだとばかりにこめかみをぐりぐりしておいた。

「たしかに、明日は浴衣のまぶしい女子たちであふれかえっているでしょう。けれど火遊びは?」
「しませーん」
「蒲公英さまはすてきなかたですから、声をかけられることもあるでしょう。それでもさそいには?」
「のりませーん」
「あなたさまのことですから、調子にのって女子に手をあげられることがあるやもしれません。しかし?」
「できるだけ喜ばないようにしまーす」
「わたくしへのおみやげは?」
「チョコバナナクレープにベビーカステラー」
「よろしゅうございます」

口先だけの戯れに満足して、よくできましたと頬を撫でる。
へらりと破顔して手のひらにすり寄せられる頬に、ずきゅんと何かが打ち抜かれた気がした。

「まぁ明日は行かなくていいからさ、花火しようぜ」
「花火、ですか?」
「そ。花火」

痛みのある髪に指を通すと、まだ乾ききっていない髪がしっとりと指になじんだ。
花火、と口の中で繰り返して、もたれかかってきた頭を撫でる。

「花火、とおっしゃいますと……うちあげるのですか?」
「や、手持ち花火。したことねぇの? あと線香花火みたいなおもちゃ花火とか」

ロケット花火とかもいいよなーと首筋に顔を埋めようとしてきた頭を抑えて、どんなものだろうかと頭を捻る。
打ち上げられた花火は見たことがあるし好きではあるが、手持ち花火というものはよくわからなかった。
そういえば幼いころ何度か知人にやるかと尋ねられたこともあるような気がするが、結局することも見ることもないまま流してしまっていた気がする。

「打ち上げみたいな派手さはないけどさ、手持ちも風情があるもんだぜ? えっと、風流? みたいな」
「そうなのですか?」

それは是非見てみたい。
やってみとうございます、と甘えるように袖を引くと、じゃあちょっと待っててなーと奥の部屋へと消えていった。立ち上がり際、こちらの額に唇を落としていくことを忘れもせず。
こういうあたり、この方はちゃっかりしていると思う。

ふぅ、と軽く息を吐く。
触れられた額から意識を逸らして、ぱしゃりとはねた鯉を眺めた。

世間知らずではないつもりなのですけれど、とひとりごちる。
花火ひとつにしても、言われてみれば気にかけるものの、そういえばずっと流していただけだったなとぼんやりと思った。
長年引き篭もっていた弊害はいたるところにあるようだ。

何にせよ、この夏はまだ長い。
今年は流しそうめんでもしてみようかと、大きな袋を引きずってきた想い人に苦笑した。




「これすべて……おおくありませんか?」
「え? まだあるぜ?」
「Σそ、それほどっ……」
「いっぱい(`・ω・´)」






何だか久しぶりな気のするぽーつば。
花火ネタということでしたが、テンションのまま書き殴ってたら斜め上なものになりました^p^
書き方変えてみようかなとやってみたけど途中で脱線してる上に余計に読みづらくなった気がします(´・ω・`)

彼岸花ちゃんとはさりげなく仲いいと可愛いなと思います|ω・)チラッ
年も近いし、一緒にランチしたりガールズトークしてたりすると嬉しい。

そして相変わらずぽーちゃんにべたぼれめろめろ。
愛をうまく伝えられないのがもどかしいギリィ

彼岸花ちゃん、蒲公英君をお借りしました。
ありがとうございました!
スポンサーサイト
――背の君の女癖が治りますように
戯れる、不変の恋心


――一番近い星を見に行く
映す、逢瀬の道標


――あの子が幸せでありますように
恋う、星空の水鏡


――流れ星の雨が降りますように!
踊る、巡合の天つ飴
 別段打ち合わせていたわけではない。
 ひとりは川のせせらぎを聴こうと屋敷を出、ひとりはたいした意味もない散歩の途中、ひとりは学校帰りにクレープ屋へと向かう近道、ひとりは国外の地下闘技場を荒らしてきた帰り道で。
 ただ何となく鉢合わせて、何気なく世間話を交わし、何度か話題が移りながらも、何故かあらぬ方に話がまとまった。
 その時はそのまま何の疑問もなく別れたものの、四人が四人とも、そう時を置かずして首を捻った。

 どこをどうしてそんな話になったのだろうか、と。

 恋花咲き乱れるバレンタインの、その前日。
 ささやかな疑問を頭の隅に置いたまま、麗しの風流人と美を愛する芸術家、妖しい人形師におしゃべり好きな歩く災害は、街一番のお屋敷で菓子作りに勤しむことになったのでした。



「なぁなぁ、これってこのまま入れてええの~?」
「いいんじゃない? もうとろとろだものっ、はいどうぞ!」
 湯煎で溶かしたチョコをくるくると混ぜる桜の返事を待つことなく、カップになみなみと揺れる生クリームが注がれる。注がれるというにはいささか荒く流し込まれた乳白色の液体はお世辞にも適量とは言えず、ゆるくなりすぎたチョコレートを混ぜながら、あ~あ~と桜が間延びした笑い声を上げた。
「アマリリスさま、それはいれすぎです……」
「そうかしらっ、でも湯煎って本当にめんどうね! もっと火力あげてもいいんじゃない? ほら火炎放射器とかっ」
「やめろ」
 なんなら私が噴いてあげましょうか! と明るく笑ったアマリリスに目をやることなく、エリカがフードを深く被り直し、椿が袖で口元に当て溜息を吐く。
 ここで冗談でも『お願いします』と言ってしまえば、本当に噴きかねない気がした。そうなればこの屋敷は全焼だ。絶対に小火ではすまない気がする。
「リリスく~ん、ちょおこれ丸めてほしいんやけどぉ」
「はいはいまかせてちょうだいなっ!」
 にこやかにぼちょぼちょとチョコを放り込んでいく桜に誘われるまま、アマリリスは綺麗にチョコクリームの塗られた黄金色の生地を丸めていく。意外にも丁寧に行っている様子に思わず声を漏らし、椿は隅で静かに作業をしているエリカを後ろから覗き込んだ。
「あいかわらず……みごとなものですね……」
「この程度ならこんなもんだろ」
 これに何か彫りこんでおいてください、とチョコプレートを渡してから、まだ三十分も経っていなかったと思うのだが。
 繊細に掘り込まれたそれほど大きくはない長方形のプレートは、『じゃあチョコでも作ろうか(笑)』程度のノリのお菓子作りの場にはあまりにも不釣合いだった。どこぞのコンクールなどで見かけたほうがよほどしっくりくる。たいして分厚くはない板チョコに、どうすればこれだけの立体感を持たせられるのだろうか。
「それは、北さまにおわたしになるのですか?」
「やらない」
 あっさりとした返事はいつも通りのもの。花びらの一枚まで細やかに彫られたアジサイの花は、けれどこの人なりの慕情なのだろう。
 面の奥でくすりと笑った椿に視線だけを向けて、彫刻等を弄んでいた手を差し出す。促されるままにその手の平に円形のチョコを乗せた椿は、再び彫刻を始めたエリカにから離れ、寝かせておいた生地を練りにかかった。
「ねぇ、これってこれでいいのかしらっ」
「ええんちゃう? リリス君、意外と器用やねぇ」
 チョコクリームに薄切りフルーツを散らしたロールケーキは綺麗に巻かれ、銀色のバットに収まっている。ついでとばかりに施したのだろうデコレーションが可愛らしい。
 たっぷりのシロップを染み込ませた刷毛でイチゴの艶出しをしているアマリリスの手元をまじまじと見つめ、桜は感心したように頬に手を当てた。
「絶対なんやようわからへんもんができる思うてたわ~」
「そうね、私もびっくりよっ」
「期待が外れてよかったねぇ」
「ねっ!」
 輝かんばかりの笑顔でそうのたまうアマリリスが、軽くゴミ箱に小さな塊を放り投げる。どごん、と見てくれに相応しくない音を立てたそのゴミが何なのか、綺麗になった卓上とそれ以外存在しないゴミ箱を見ればわかる気がした。
 本当に期待が外れてよかった。
「やってみたら意外とうまくいくゆうんも案外あるからねぇ。意外な才能発見~みたいな」
「桜さまは……炊事、おじょうずなのですか?」
「ん~普通かなぁ。たまに失敗するし。出し巻き作ろう思うてただの入り卵になった~みたいな。その程度やねぇ」
「普通すぎてつまらないわねっ」
「まぁねぇ。何でもできる言うんやったらエリカ君ちゃう? 言うたら何でもほいほいやってくれそうやし~」
 なぁ? と笑いながら首を傾げる桜に、シュガーパウダーを振る手を休めた椿が同じように首を傾げる。
「いえ……たしかに大概のことは人並み以上にこなしてくださいますが、エリカさま……苦手なこともあるのですよ」
「あ、音感ないんでしょ? いつだったか、ものすっごいひどい演奏聴いた気がするものっ」
「あ~、あれは聴けたもんやなかったなぁ」
「それはできないことでしょう? そちら方面のエリカさまの才能は枯渇しているのです。そうではなく、苦手なこと、です。エリカさま、昔から――」
 すこん、と。
 茶漉しを手にしていた真横に彫刻等が突き刺さる。言いさして口を噤んだ椿は、それが飛んできただろう背後を振り仰いだ。
「申してはいけないことでした?」
「いい気分ではない」
 それは申し訳ありませんでしたと気後れした様子もなく返した椿に、これまた気にした様子もなく近づいた刃物を投げた張本人は、その彫刻等を引き抜いて片付けると、近くにあった飴を手に取った。
「えぇ~ちょぉ気になるんやけどぉ」
 途中でやめんといてや~と文句をたれる桜に目を向けることなく、瓶ごと飴を手に竈へと向う。口を尖らせたままバターを練る桜も言うほど気にかけていないようで、ばさばさと砂糖を流し入れていた。手の空いたアマリリスは飴細工を始めたエリカの横に座り込み、それを眺めながら楽しそうに話しかけている。椿は焼きあがった大量のシューにチョコを塗る作業が終わらないようだ。
 ひとりで姦しいアマリリスの明るい声が弾み、時折茶々を入れるような桜の緩い声が混ざる。
 各々のチョコレートが着々と形を成していく中、仕上げ用の生クリームを泡立てていた桜が、ゆらりとクリームのついている泡立て器を振った。
「そういえば皆誰にあげるん? 結構作ってるみたいやけど~」
「え? 自分で食べるのよっ」
 エリカの仕上げた飴細工を片っ端からぼりぼり言わせているアマリリスの作ったチョコはすでに彼女の腹に納まっている。皿に山と盛られていたトリュフは、流し込まれるように一瞬で消えた。
「リリス君はもう食べてるやん。椿君はぽー君やとして~、エリカ君は?」
「こいつに食われた」
「大丈夫、とってもおいしいわ!」
 ぐぅ! とウィンク付きで親指を立てたアマリリスの胃袋には、売れば結構な値のついただろうデコレーションケーキ。
「よいではないですか……たべものは食してこそ、なのですよ?」
「え~? でもあー君にあげるんやったんちゃうの? 妙に手込んでたしぃ」
「あいつにはやらないって言っただろ」
「あらあら冷たいのねっ。水色ちゃん泣いちゃうわね女泣かせ!」
「お前が言うな。あいつにやるならあいつのために作る」
 だからやらない。
 そうなのねっと晴れやかに笑うアマリリスとは対照的に、一拍置いて桜が目を瞬かせる。今のって惚気? と視線で問うた桜に、椿が緩く首を振る。非常に素直な彼女の雰囲気は、『いつもこうです』と語っていた。
 呆れているのかどうなのかよくわからない顔でやれやれと肩をすくめた桜が、高い位置にある無表情な能面を見上げる。
「でも椿君、だいぶ大きいの作ったねぇ。それ全部ぽー君にあげるん?」
「はい、チョコフォンデュで学習しましたから。けれどやはり、背の君のお好きそうなものをおわたししたいですから……あまり害のなさそうなこちらにいたしました」
 艶やかなチョコレートに包まれた香ばしいプチシュー。それを綺麗に並べ、ひとつひとつ丁寧に飴を塗り、寸分の狂いもなく重ねていく。そうして連なった完成間近のクロカンブッシュは、そう高くない天井にかかろうとしていた。
 どこから持ち出したのか、梯子に上って頂上にタンポポを模した飾りを乗せた椿は、一仕事終えたというように息を吐いた。
「背の君……よろこんでくださいますでしょうか……」
 うっとりと頬に手を当て、胸焼けしそうなほどの甘さを含んだ声で呟いた椿にの頭には、すでに溺愛する想い人のことしかないようだ。
 お世辞にも運動神経がいいとは言えない彼女が梯子の上で意識を飛ばせばどうなるか、お約束的に理解した桜は、けれどそれを警告することなく自身の手元に目を戻した。いい具合に泡立ったクリームを絞り袋に詰め、デコレートしたチョコの上に乗せていく。
「お前は誰かにやるのか?」
 引き飴から糸飴に切り替えたらしいエリカの問いに、大きなハート型のチョコレートに『本命』とでかでかと書いていた桜がからからと笑う。
「そらあげるよ、バレンタイン言うんは贈答行事やしぃ。若いうちは素直~に楽しんどかなな?」
 二つ目の本命の文字を書き終わった楽しげな桜の声に、甲高い悲鳴が重なる。
 案の定梯子から落下したらしい椿を受け止めたアマリリスは、直後に上げられた二度目の悲鳴と共に風の刃を受けることになった。
「あら、」
 這いずるように抜け出した椿が泣き喚きながら駆けていった方を見やり、きょとりと気の抜けた声が漏れる。
「便秘かしら」
「違うだろ」
 ばっさりと切り裂かれた衣服の奥に見える肌には傷ひとつついていない。アマリリスでなければ確実に殺人現場になっていただろう台所をぐるりと見回して、エリカが珍しく溜息を吐いた。
「あ~、派手にやってくれたねぇ」
 故意ではなくとも他人に触れて発狂した椿は、巻き起こした風の刃をアマリリスに叩き付けて出て行った。
 幸い壁際にいたアマリリスに向けて放たれたもので、被害はがらがらと崩れ落ちる壁と、すっぱりと切り裂かれた彼女のワンピースだけですんだようだ。
「黒ちゃん、怪我でもしたのかしらっ。この前もペットボトルの蓋を開けようとして手の平の皮が剥けてたし、本当に黒ちゃんは脆いわね!」
「今ので確実に怪我してるんはリリス君やと思うんやけどねぇ」
「あなたたち風に言えば、あの程度ならそよ風にも満たないわっ」
 軽やかに笑うアマリリスを尻目に、桜は出来上がったチョコを箱に詰めていく。綺麗にラッピングまで出来上がったチョコを袋に仕舞い込み、洗い物に取り掛かった。
 それを手伝いに近寄ろうとしたアマリリスに、ばさりとコートが被さる。
「せめて何か着ろ」
「あらっ、何なら全部脱」
「脱ぐな」
 正気を失った椿の風を諸に受けたアマリリスの服は、どこの暴漢に襲われたのかというほどズタボロだ。平素の彼女のほうがよほど性質の悪い暴漢だとはいえ、今回は被害者なのである。
 かろうじて残っている服に手をかけたアマリリスに被せたコートを押さえ、ぐっとフードを被せた。ひらひらとした黒い耳が揺れる。
「あれぇ、エリカ君どこ行くの?」
「放置するわけにもいかないだろ」
 あの馬鹿は、と誰にともなく零したエリカは、そのまま椿が逃げ出したほうへと消えていった。
「ん~まぁ、今日はぽー君も遅なるらしいし? エリカ君に任せてたほうが確実かなぁ」
 でもマメやね、と小さく付け足した桜の胸中は窺い知れない。
 うっすらと浮かぶ笑みに含まれているものを正確に読み取ったアマリリスは、体格の違いすぎるエリカのコートの袖をまくりながら、楽しくて仕方ないというような声を上げた。
「ピンク君すっごく嫌そうな顔してるわね!」
「え~? でもそこまで嬉しそうに言われるのは心外やわぁ」
「うふふだって楽しいものっ。嫌悪感と憎悪の感覚って似てるのよね、不快感って一口に言うのは簡単だけど。あぁっ、私も誰かに思いっきり憎まれたりしてみたいものだわっ!」
 別に憎んでるわけやないよぉ、という桜から渡された食器を綺麗に拭いていくアマリリスは上機嫌だ。確実にひとりやふたりではすまない恨みを買っているだろう事実を逐一丁寧に説明してやる物好きは、この場にはいなかった。
「ねぇねぇっ、これが終わったらそれ食べてもいいかしらっ」
「ええよぉ。味は保障せんけどねぇ」
 クラスメイトに配るチョコの余り。洗い物が終われば、すぐにこのおしゃべりな娘の胃の中へと消えるだろう。残り物の処理ができてよかった。
 生温い湯を出す蛇口を捻り、ぱたぱたと水滴を払う。
 見通しのよくなった室内には冷たい風が吹き、割れないのが不思議なほどがっしゃがっしゃと積み上げられていく食器類。
 バレンタインって楽しいのね! と布巾を絞るアマリリスが翌日巻き起こす大騒動がこの街で行われなかったのは、今年一番の僥倖なのだろう。





 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



バレンタインって二月中なら有効ですよね?
ごめんなさい死んできますガハァ

バレンタイン前日のあめはなの話。
こいつら絶対折り合わないだろって思ってたけど案の定である/(^o^)\

遅れすぎたはっぴーばれんたいん!

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。